▼新島々駅。松本駅から30分で到着。上高地観光する大勢の乗客が下車した。

折返し松本行き電車に乗る人で改札も大行列。

上高地行きのバスは10時40分発で全席予約制。バスの台数があまりないため早めの予約をした方がいいようだ。バスは行きも帰りも満席で当日券は完売していた。新島々駅から上高地までの所要時間は約1時間。

バスは上高地行きであるが、大正池で下車して河童橋まで歩いて散策するのがおすすめ。絶景を楽しみながら約1時間の散策コース。


休日ということもあって、多くの観光客で賑わっている。


大正池は大正15年の焼岳の大噴火で流出した、火山泥流が梓川をせき止めてつくられた。水面に映る山々と、池の中に林立する枯れ木は、上高地を代表する景勝地。
▼大正池。発電用の貯水池として利用されているが、焼岳の斜面や梓川の上流から流れ込む土砂により池は小さくなっている。


大正池から河童橋まで3.5km。明神池までは7kmで2時間の散策コース。

大正池から河童橋までの散策コースは、上高地らしさを堪能できる絶好のコース。

散策コースは多くの観光客が列をなして歩いている。





上高地はケショウヤナギ・エゾヤナギ・オノエヤナギ他、10種類以上のヤナギが見られる。梓川両岸に広がるヤナギの林は、上高地の特色づけるものの一つとなっているが、土砂が安定してくると、ハルニレやカラマツの林に移り変わっていく。


標高2,455mの焼岳は、今も火口からガスや水蒸気が放出される、火山活動を続ける活火山で、2,300年前のマグマ噴火により現在の形となった。1962年6月に水蒸気爆発があり泥流が大正池まで流出した。
▼焼岳。ドーム型の火山を鐘状火山(トロイデ)と言われている。

池の中に林立する枯れ木はかつては多く見られたが、上流や支流から土石が流入したことにより、倒れて残りわずかになっている。

中千丈沢の扇状地帯は、霞沢岳から押し出された砂礫が積もってできた地形。上高地には中千丈沢のような場所がいくのもあり、焼岳の中腹から上高地を見下ろすと、大量の砂礫が供給されてるのがよく分かる。

上高地は標高1,500m高さにあり山地帯と、高山帯との間の帯状の部分である、亜高山帯との境界線付近にあたる。山の斜面に見える色の濃い林は亜高山帯の針葉樹林で、標高2,500mくらいまで続いている。高山帯にはハイマツやイワツメクサ、コマクサなどの高山植物のお花畑がある。


上高地では小梨平や駐車場周辺に、一部植林されたものがあるが、広い範囲にわたって天然のカラマツが見られる。カラマツは乾燥したやせ地や、多湿な湿原周辺にも生育し、河川の氾濫など環境の変化にも耐えるが、極端に湿ってくると枯れてしまう。

正面の谷が岳沢で、その奥の平らな頂点が標高日本第3位の奥穂高岳である。左側に西穂高岳、右側に前穂高岳、明神岳が連なっている。これらの稜線は堅く節理の発達した火山岩からなり、激しい侵食作用の耐えて、尖った峰や断崖絶壁を作っている。
▼穂高連峰。北アルプスの最高峰で日本で第3位の高さを誇る。

散策コース沿いを流れる川は透きとおって美しい。

▼田代橋。大正池と河童橋の中間地点あたりにある梓川にかかる橋。


田代橋から見た梓川。

野生動物も多く生息していて、特に野鳥は100種を超す鳥類が確認されている。耳を澄ますと鳥の鳴き声が聞こえる。

北アルプス、上高地はツキノワグマの生息地。クマベルが設置されており、ベルを鳴らして人がいることを知らせる。

穂高連峰などの北アルプスが高い山になったのは、約260万年〜80万年前の隆起運動のためである。この急激な隆起とともに、梓川は岐阜県側に流れる深い谷を刻んだ。上高地の細長い平地は、約12000年前焼岳のとなりの、白谷火山の噴出物が谷をせきとめてつくられた、巨大な湖を周囲の山からの土砂が埋めた結果できたもの。その土砂の厚さは、大正池付近で300mに達していると言われている。

遠くに河童橋が見えてきた。

上高地のシンボル河童橋。明治43年にはね橋からつり橋に架け替えられ現在の橋は1997年に架け替えられた。日本を代表する作家芥川龍之介は、1927年に上高地と河童橋を舞台にした小説河童を出版し、河童橋が広く知られたと言われている。
▼河童橋。1891年に丸太のはね橋が設置。以降5回にわたり架け替えられ現在の吊り橋になった。


河童橋から見た梓川の上流と下流。

正面に見えるのは穂高連峰。

北アルプスの山々の案内板が設置。上の画像の山はこのような背景だ。
河童橋周辺にはホテルや観光案内所・お土産店・飲食店があり多くの観光客で店内はいっぱい。


店内は上高地の特産品や名産品がずらりと並ぶ。




地酒もたくさん販売されている。

吟醸酒を買ってもらった。 (* – “-) 飲みすぎるなよ!
