宿場町探訪①中山道 馬籠宿を歩く

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こんにちはブログ管理者アッキーです。訪問ありがとうございます\(^o^)/

今回は江戸時代の幹線道路、五街道のひとつ中山道にある宿場町の特集です。先日観光で訪れた馬籠宿の画像を交えて紹介します。

中山道の宿場町を訪ねる江戸時代にタイムスリップ

中山道は江戸から、上野・信濃・木曽・美濃・近江を経て京三条大橋とを結ぶ、約534kmの街道である。中山道には69の宿場町があり、街道の整備により集落ができ、旅人の宿泊所や、宿泊所を取り次ぐ業務を行う本陣や旅籠などの問屋場があった。奈良井宿や中津川宿、馬籠宿、妻籠宿など今も江戸時代の面影を残し、歴史を感じる見どころや魅力がある宿場町が多数あります。

最近筆者は宿場町に訪れる機会があり、海野宿と馬籠宿を見学してきました。宿場町というのはかつて商人や旅人で栄えた町で、当時のまま建物を保存し、ノスタルジックな町並みが過去を再現していることに興味を持ち、関心を持つようになりました。できれば69全ての宿場町巡りをしたいと思っていますが、534㌔もある距離だから短期間で巡るのは難しいので、これから少しずつ訪ねて、ブログで伝えて行ければいいかと思っています。

2つの宿場町の観光レポートの前に、まず中山道の宿場町で、江戸風情のある街並みが残る名所を調べてみました。長野県と岐阜県にある宿場町を紹介します。

江戸時代の景観 現存する建物おすすめ宿場町

1.難所続きの信濃路は宿場町として栄えた

小田井宿は江戸から21番目の、長野県の御代田町南西部にある宿場町。中山道と北国街道の分岐点にあり大名が追分で宿を取り、姫君は小田井宿で宿を取ることから「姫の宿」とも呼ばれる。間口が広くゆったりとした宿場だったということだ。

小田井宿。徳川家に嫁いだ皇女和宮の嫁入り行列を再現する、小田井宿まつりは毎年8月に開催される。

望月宿は江戸から25番目の宿場。長野県佐久市望月にある、この地を仕切っていた望月氏の性や、蓼科山裾野の望月牧から望月の名がついたと伝えられている。1765年に建てられた、望月宿にある問屋を兼ねた旅籠大和屋は国の重要文化財に指定されている。

望月宿。中秋の名月に信濃から馬が送られてくる、その代表格であった場所が望月の名がついたとも言われている。


長久保宿は江戸から27番目の宿場町。長野県小県郡長和町にある、中山道難所の和田峠と笠取峠の間にあり、北国街道の分岐点にあったことから、最盛期には50軒もの旅籠があり、信濃の宿場町有数の規模を誇る宿場だった。明治初期に旅籠として建てられた濱家は、2階の部屋を広くする工夫を凝らした出桁造りであったが、旅籠として開業することはなく、住居として使用された。その後長久保宿歴史資料館として展示の場として公開されている。

長久保宿。当初現在場所より西側依田川沿いにあったが、大洪水により流失したため1631年に現在の高台に移った。

和田宿は江戸から28番目の宿場町。長野県小県郡長和町にある標高820mの高地にある静かな佇まいの宿場。長久保宿の次にあたる和田宿は背後に難所和田峠があり、隣の下諏訪宿まで22kmという長丁場だったため、多くの旅人が宿場として利用し栄えた。

和田宿。中山道の最高地点にあり、最大の難所と言われる和田峠を控えた宿場として多くの人旅人が利用した。

和田宿本陣は中山道の宿場の中でも数少ない遺構を残す建造物で、国指定の史跡である。本陣建物は大名などの要人にあてられる座敷棟と、所有者が生活する居住棟に分けられる。


下諏訪宿は江戸から29番目の和田宿の次にある、長野県諏訪郡諏訪町の中心部にある宿場町。難所であった和田峠の西の入り口として諏訪大社の下社の、社寺が周辺にある、門前町として栄えた。

下諏訪宿。中山道と甲州街道が交わる要所として栄えた。


本山宿は江戸から32番目の宿場町。木曽の入り口、松本平の出口として繁栄した、長野県塩尻にある宿場。出格子の2階建ての家が立ち並び、当時の面影が残る蕎麦切り発祥の地として知られている。

本山宿。明治時代の建築で平入り出桁造り、千本格子の2階部屋など当時の町並みが多く残っている。

2.自然豊かな山深い谷の街道木曽路

奈良井宿は江戸から34番目の宿場町。長野県塩尻市にある宿場。木曽11宿の中では最も標高が高く、難所の鳥居峠を控え多くの旅人で栄え、奈良井千軒と親しまれた。花の観光地づくり大賞・美しい日本の歴史的風土百選など、数々の賞を受賞してきたこの宿場町は、連続テレビ小説の「おひさま」の舞台にもなった美を、身近に感じることができる地として、国内外から多くの人が訪れる。

奈良井宿。400年の歴史ある宿場町は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

妻籠宿は中津川市の隣長野県南木曽町にある。江戸から42番目の宿場町。全国で初めて古い町並みを保存した宿場町。木曽の宿場の中でも最も保存状態が良く、国の重要伝統建造物群保存地区に指定されている。約800mの通りには、飲食店や土産物店に変わった古い建物があり歴史を感じながら散策できる。

妻籠宿。妻籠の人たちは町並みを守るため売らない、貸さない、壊さないという原則をつくり保存している。

3.険しい坂道や三大難所太田の渡しを抜け美濃路へ

落合宿は江戸から44番目の宿場町。木曽路の玄関口落合宿は、岐阜県中津川市にあり、木曽路の厳しい難所を控える旅人を迎えていた。落合宿本陣は、岐阜17宿のうち、唯一当時の姿を留めている。本陣は、上級官人や大名など重要な人物を泊める施設として宿場において重要な役割果たした国指定の史跡。

落合宿。映画十三人の刺客で決戦地の舞台にもなった宿場町。

中津川宿は江戸から45番目の宿場町。岐阜県中津川市にある、中山道と飛騨街道が交差し、日本各地から人々が行き交う交通・商業の重要な拠点だった商業の街として栄え、その面影は裕福な家で見られる、屋根の上にある「うだつ」からもうかがえる。

中津川宿。美濃地方随一の商業の町として栄えた町並みにはうだつが残る。

太田宿は江戸から51番目の宿場町。岐阜県美濃加茂市にある。中山道の三大難所のひとつに数えられた木曽のかけはし太田の渡しがあり、飛騨街道と郡上街道の分岐点であったことから繁栄した宿場町。

▼太田宿。旧太田本陣林家住宅や、旧太田宿本陣門など国の指定文化財や市の指定文化財など当時の面影を残す建物が多数ある。

▼旧太田宿本陣門。1861年仁孝天皇の皇女和宮が、14代将軍徳川家茂に嫁ぐために下向した際に新築された門。現在本陣の建造物は残っていないが、旧本陣を知る遺構として正門を現存している。

坂道の宿場町馬籠宿

1.タイムスリップしたノスタルジックな街並み散策

 

馬籠宿は江戸日本橋から43番目の宿場町。岐阜県中津川市馬込にある宿場。今回はこの馬籠宿を観光してきたレポートを報告します。

馬籠宿は急斜面な坂道が続く石畳の宿場で、明治・大正の大火で江戸時代の建物は消失したが、住民が一丸となり町を再建し、町並み保存に尽力している。島崎藤村の故郷であることも知られ、妻籠宿とともに人気があり、多くの観光客で賑わう。

馬籠宿。石畳が敷かれた坂道に沿って建物が並ぶ宿場町。

かつては長野県木曽郡山口村に位置していたが、2005年に山口村の県境合併により岐阜県中津川市に編入された。石畳が敷かれた坂道に沿う通りの両サイドには、飲食店や土産物店があり、昔懐かしい建物を見ながら歩くことができる。

平日であるが、次々と観光バスが観光客を乗せてやってくる。

駐車場から見た風景。こちらもかなり高いところにいる。

馬籠宿は標高600mのようだ。

宿場町の坂の上まで登れば、恵那山などの美しい山々も一望できる見晴し台もあり、絶景が見渡せる。

中津川の名物である、五平もちや栗きんとんなどの食べ歩きもおすすめ。

五平もち。もちというより、つぶとつぶの固まりがご飯の食感。きりたんぽのような食べ物だが、こちらのほうが風味も歯ごたえも上のような感じ。甘じょっぱいタレももちに良くからみ美味しかった。

馬籠宿の入口付近。後方が上り坂で、馬籠宿の土産店や飲食店が両サイドに並ぶ。

今回この馬籠宿を歩いてみたので画像などで馬籠宿の町並みをご覧ください。

石畳が敷かれた急斜面な上り坂が続く。

ここの水路は下りになっていることから流れが急で、水車が回る水のせせらぎを聞いていると癒やされる。

坂道を登っていくと途中に藤村記念館がある。日本を代表する文豪島崎藤村の故郷であり、馬籠宿本陣跡の島崎藤村記念館は藤村の生家で、書斎なども展示されており、馬籠宿出身の藤村を知ることができる。

藤村記念館。馬籠宿本陣である、島崎藤村の生家跡に建つ文学館。

岐阜県中津川市馬籠にある藤村記念館は、明治・大正・昭和の三代にわたって活躍した文豪、島崎藤村の出身地、木曽谷の最南端にある文学館。当館では、『夜明け前』『嵐』などの作品原稿、遺愛品、周辺資料、明治大正詩書稀覯本コレクションなど約6千点を所蔵。常設展示室には処女詩集『若菜集』から絶筆『東方の門』までを展示しており、一巡すると藤村の生涯をたどることができます。(藤村記念館公式サイトより)

馬籠に境内を構える永昌寺。創建は1558年。島崎重綱が島崎家歴代の菩提寺として、開かれた寺。島崎家は日本の文豪島崎藤村の祖先。

永昌寺。本堂脇の観音堂には、木造阿弥陀如来座像が安置されている。

像は平安末期に製作されたものであるが、当時の小祠に安置されており、祠が荒れ誰も管理する人がいなくなり、永昌寺に移したとされる。同じく観音堂に安置されている木造聖観音立像は江戸時代に造られたものと伝えられ、木造阿弥陀如来座像とともに中津川市指定文化財に指定されている。

沿道には建物は食事処やお土産屋が並ぶ。

郵便局もレトロな建物。建物の中にはイスやテーブルが設置されており、散策の休憩スペースにもなっている。

東西南北に向ける交差点の標示板。

登ってきた道を振り返ると絶景が広がっている。だいぶ上まで上がってきた。景色が一段と絶景になる。

間もなく宿場町終点。

この先に展望台があるので、さらに上がってみる。

展望台に到着。

恵那山。中央アルプス最南端にある標高2,191の山。日本百名山に指定されている。

恵那山の絶景を一望。

馬籠宿下りの入口。

中山道や馬籠宿に関する概要を説明した案内板。

山々を見ながら下るのも楽しい。

帰りは土産店に入り民芸品を購入。

馬籠宿らしく馬の民芸品が並ぶ。

馬籠特産の民芸品や地酒、信州産りんごバターを買った。

馬籠宿は日本の文豪島崎藤村の故郷であり、文学を彷彿とするイメージがあり建物はシンプルであるが水車があったり、急斜面や石垣に石畳など独創的に施しており、芸術感がありました。繁栄した宿場町、難所の中間にある宿場町。それぞれに歴史や風情があり独自のカラーがありました。また全国にある宿場町を訪ねて、その宿場の歴史を知りたい。

馬籠宿の観光はこちらのサイトをご覧ください🔽

2.馬籠宿観光にお得なきっぷ

JR東海道新幹線・中央本線

乗車券7,150円

特急券4,180円

運賃570円

北恵那バス約25分

フリー区間が広く飯田や鳥羽にまで広がっているが、中津川市以外のエリアも観光したい人におすすめなフリーきっぷ。

利用期間:土曜・休日及び年末年始(12月31日〜1月3日)

発売期間:通年

有効期間:乗車日当日限り

発売価格:おとな2,620円 こども1,310円

設定区間

中津川駅から、落合、馬籠をつなぐ1日乗降フリーのバス乗車券

有効期間:乗車当日限り

利用運賃:大人 1,300円 子供 650円

中津川駅から馬籠間を終日運行する、乗降フリーのバス乗車券です。木曽路最後の宿場「馬籠宿」から「落合宿」にアクセスがよく、区間内終日であれば乗り降りが自由なため、お好きな散策のみお楽しみいただくようなご利用も可能です。

中津川方面の中央本線はこんな電車。動画もご覧ください。

宿場町探訪の過去記事です。

(。 •ω•)ノ 宿場町は江戸時代に五街道など主要な道にできた宿場だよ

        

なんでキツい坂道の峠を越えたりして移動してたの?  (- 。 – *)  

(。 -ω-) 馬に乗って荷物を届けたり、湯治やお参りするためだね

その人たちのために建てられた宿場ってこと?  (- 、- *)  

    

(。 ̄▽ ̄) そう 旅人が宿泊するのは旅籠

ちょうど休息したり一晩過ごすのに適した場所ってことね (- ‿ – *)  

(。 ̄∀ ̄)b  特に難所が控えた場所や峠の間に宿場を造った

    

 宿場町の発展も地域によって違うのね     (-‿ -*)      

         

(# ̄∀ ̄)b  特に街道が交差してたり、分岐している地域は

 

太田宿は三大難所のひとつがあるところね (-” -*)      

       

(。´-ω-)  木曽のかけはし 良く知ってるね!

 ヲタのワタシでしょ (−∀−๑)  

(# ーωー)   太田の渡しだよ    

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