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今回はさいたま市にある氷川神社の紹介です。
氷川神社は武蔵国一宮を称する勅祭社。2400年以上の歴史をもつ偉大な宮居として大宮の地名の由来にもなり、武蔵一宮として関東一帯の信仰を集める日本屈指の古社。氷川神社の分社や末社は大宮を中心に、埼玉県や東京都下、神奈川県下におよび、280数社が存在する。
▼氷川神社。明治元年に江戸城入場の際、明治天皇が武蔵国の鎮守・勅祭の社と定めた。

氷川神社の参道には、3基の大鳥居があり神社から遠い順に一の鳥居・二の鳥居・三の鳥居と呼ばれている
▼二の鳥居。明治神宮から奉納された石鳥居は関東一の大きさを誇る。

氷川神社の参道は約2kmの距離があり日本一長い参道。両脇にケヤキが並び春には緑のトンネルが作られる。

▼三の鳥居。江戸期には境内入口の鳥居として建てられていた。

稲荷神社。祭神は日本神話に登場する女神、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と食物の神須佐之男命の子。
▼稲荷神社。三の鳥居を抜け神橋の手前左側にある朱色の鳥居が並ぶ神社。


宗像神社。祭神は厳島神社などに祀られる宗像三女神、多起理比売命(たぎりひめのみこと)・市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)・田寸津比売命(たぎつひめのみこと)。須佐之男命の御子神。多起理比売命は大己貴命と夫婦神。弁天様。
▼宗像神社。稲荷神社の向かい側、神池の中に鎮座する神社。

▼神橋。神池に架かる赤い橋。先に見えるのは桜門。

赤い橋と神池は縁結びのパワースポットと言われている。

昭和の大造営で建てられた楼門は、京都の賀茂別雷神社・賀茂御祖神社の楼門を真似て造られたもの。
▼桜門。神橋と朱塗りの楼門は氷川神社を象徴する建物となっている。


舞殿では芸能に関わる場所として、氷川雅楽会による雅楽や舞楽、観月雅楽演奏会など奉納の他、節分や神事・祭事が開催される。
▼舞殿。正面から見ると屋根が八の字に見える、大社造りと呼ばれる日本最古の建築様式。

氷川神社本殿。切妻屋根棟の正面側が長く伸びて向拝(こうはい)を形成し、屋根が曲線を描く非対称な形状が特徴に建物。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)稲田姫命(いなだひめのみこと)大己貴命(おおなむちのみこと)。
江戸時代末期の氷川神社は須佐之男命を祀る男体宮、稲田姫命を祀る女体宮、 大己貴命を祀る簸王子宮の本殿が三社ある造りであった。明治初年に男体宮が本社、女体宮と簸王子宮は摂社と位置付けられたが、 祭祀を行うには狭かったため、明治15年に新たに本殿が造営さた。当初は須佐之男命が主祭神、稲田姫命と大己貴命は相殿神であったが、明治29年に主祭神三座となった。
▼氷川神社本殿。昭和15年に造営された流造の建物。屋根は明治天皇御親祭100年祭の記念事業として檜皮葺から銅板葺きになった。

祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)大己貴命と共に国造りや国堅めに携わった医薬の神。
▼天津神社。社殿は寛文7年造営のもので大宮市の指定文化財。

桜門から見て右側に東門が建てられている。

遊歩道から見る宗像神社と神橋。神池の水は透明度が高く、神橋や木々が水面に映し出される。
須佐之男命と稲田姫命は夫婦であり、大己貴命は縁結びで知られている。櫻桜門をくぐった先に2本のご神木ケヤキの木が立っている。夫婦楠と呼ばれ縁結びのパワースポットとして知られている。横にある酒樽は、平成29年の明治天皇御親祭150年大祭にあたり、埼玉県酒造組合より奉納されたもの。
▼夫婦楠。根元の方で繋がる巨木の楠は夫婦円満や、縁結びのと象徴として信仰されている。

境内には戦艦武蔵の顕彰碑が建てられている。戦艦武蔵は悪化する戦況を打開する為に建設された、世界最高技術を駆使した当時世界最大全長263mの戦艦。大日本帝国海軍が建造した最後の戦艦だ。艦内には氷川神社が分祀され武蔵神社と命名された。昭和19年10月17日に艦隊決戦のためフィリピン沖を目指し米海軍の航空攻撃により、10月24日にフィリピン沖のシブヤン海に没した。
▼戦艦武蔵の碑。フィリピン沖に没し、乗員1319名が戦死した戦艦武蔵を顕彰し碑を建立した

▼神楽殿。郷神楽や講社大祭などで神楽が奉納される。5月の道饗祭では斎場祭が行なわれる。

武蔵一宮氷川神社
アクセス:JR大宮駅東口より徒歩15分
武蔵野線しもうさ号の動画です。大宮駅で撮影。
これからしばらく社寺仏閣巡りをした画像の記事になります
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