復興の三陸とカッパやジブリに出会った東北旅行②

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2日目の宿泊地は大沢温泉山水閣。大沢温泉は花巻温泉郷にあり1200年前に発見されたと伝えられる。静かな佇まいの和風旅館の山水閣は歴史があり、200年以上前から存在する自炊部の湯治屋。茅葺き屋根の別館菊水館は、昔懐かしいギャラリーで多目的ホールとして利用されているようです。

冒頭でも述べたようにここ山水閣は33年、まだ若き20代の頃出張に行って初めて泊まった旅館です。当時は1泊7,000円くらいだった。当時宿泊手当が6,000円くらいだったから赤字で泊まったと思う。歴史があって風情があり、宮沢賢治や高村光太郎、相田みつをなど著名人も度々訪れ話題性も豊富なことから、良くテレビの旅番組などで放映されています。

本館の下に自炊部湯治屋がある。ここは宮沢賢治が良く訪れたといいます。

風呂は露天風呂を含み6カ所ある。当時入った露天風呂にまずは入りに行く。確かこの風呂は混浴だったと思うが、期待してはいけません。地元のお婆さまたちがたくさんいて、常連のおじさまたちと談笑してましたから。

さすがに風呂を撮影するわけにはいかないので、口頭でお伝えしますが、33年前と全く変わっておらず、静かな流れの豊沢川沿いに設置されている露天風呂。

しかし露天風呂はかなり開放的で、丸見えだ。なんか蜂やらアブやらたくさん飛んでいてまとわりついてくるので早々に引き上げ館内の半露天風呂へ移動する。露天風呂には湯治屋をぬけて行く。

外から見た露天風呂だ。菊水館に通じる道が橋になっておりそこから丸見えなのだ。そういえば風呂に入ってる時向こうのほうにたくさんの人が通ってたなあ。

そしてお待ちかねの夕食。刺身やらちゃんちゃん焼きやら穴子おこわ笹ちまきやら、地元食材を使用した献立でヘルシーでちょっと物足りないと思ったら。

あつあつの前沢牛の包み焼き、さらには花巻産白金豚の角煮が追加で出てきた。口の中でとろけて行くような食感。

締めは抹茶プリンとアイスだ。33年前に宿泊した時はここまで豪華ではなかったが、当時は川魚の塩焼き、お刺身、山菜の天ぷらなど地元食材を取り入れた食事だったのを覚えています。宿泊費以上に満足できるパフォーマンスは33年を経て一層進化しましたね。

ギャラリーの菊水館でジブリ展をやっているというので、観賞してみようということになりました。

「鈴木敏夫とジブリ展」という、なんでもスタジオジブリの代表プロデューサー鈴木敏夫が愛した風景写真として各地の博物館などで開催されておりますが、岩手県では菊水館リニューアル記念として山水閣でやっております。旅館の雰囲気が「千と千尋の神隠し」に似てるからなのか、鈴木氏が山水閣ファンだからなのか、なぜここで開催されているかは分かりません。

菊水館に行くには湯治屋を抜け外に出て橋を渡る。おおここが、露天風呂から見えた人通りのあった橋か。菊水館にギャラリー観賞をするのに渡っている人たちだったのか。結構若い女性も渡っていたが、お互い気まずいね。

菊水館に到着。入場料は300円だ。

中はジブリの世界の風景写真が多数展示されている。

写真だけではなく、映画で登場したキャラクターや家具などリアルなものも。

マックロクロスケがいたるところに転がっているぞ。

ジブリ作品の舞台公演などで使用されたものでしょうか。

2階に上がると菊水館の多目的ルーム。ここはかつて大広間で宴会場だったのかな。

ここは客室だったようで、かつては宮沢賢治や高村光太郎が寝泊まりしたのでしょうか。

自然豊かな静かな川沿いに面した落ち着いた佇まいの部屋。

外にはハウルの動く城のモニュメントが展示されている。トトロが2体庭にあり、探す楽しみも演出されている。

風呂上がりのトトロみっけ!

東北復興記念旅行も最終日。仙台駅にレンタカー返却は14時30分なので、途中観光地に立ち寄りながら時間調整しながら向かう。まずは世界遺産の奥州平泉、中尊見学。

それにしても暑い。今日も猛暑日だ。平泉は何回も来たけどこんなに暑い夏は初めての経験。金色堂は以前にも入ったことがあるので、今回は外からのぞくだけにしました。

仙台駅に到着し、お楽しみのひとつ牛タン定食を食べる。いつも行列が出来ていて中々入れなかったが、平日の14時半ということもあってかあまり待たずに入店できた。生ビールと一緒に🍻 やっぱこれだわ最高。

帰りは15時45分発のやまびこ号だ。また酒をしこたま買って大宮駅まで飲んで旅の締めくくりだあ。

キオスクで買い込んで、これで文句ありません状態だ。

※写真はイメージです。

久々に訪れた東北地方。震災から12年。かつての風景から変わり果てた姿を見て、それから復興した姿を見て、2回変化した街を見た。見事に復興した街の再建はひとまず安心した。だがまだ再建途上でこれからもっと進化していくだろう。震災で甚大な被害をもたらしたが、倍に返して発展した街づくりが展開されて行くことを期待したい。

東日本大震災関連の過去記事です。

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